私が政治を志した“原点”
私は、20歳の時に血管の病気で右足をひざ下から切断手術を受けました。
その時はこれからどうやって生きていけば良いのだろうと不安でしたが、義足を履くことによって、今ではマラソンやトライアスロンに挑戦することもできました。
その体験から身体が仮に障害があっても必ずしも不幸とは限らない。障害があってこそ見えてくる事があることを知りました。それから
・都庁30年の勤務
・小金井第一小学校PTA会長などの地域活動
・アスリートとしての挑戦!義足で唯一のサブスリー(※)ランナーやトライアスロンへの挑戦(※)サブスリーとはフルマラソン42.195キロを3時間以内で走ること
を経験して、市民の暮らしには何が必要なのか見えてきました。常に考えてきました。
今後古畑俊男は、この小金井市民の暮らしのための活動に情熱を注ぐことを決意いたしました。
「全ての市民への福祉向上を目指すために政治はある」
【義足を履いて見えてきたこと】
私が右足を失い義足が必要になりましたが、義足の作るための公的補助があることを知りました。当時住んでいた市役所の職員が大変親切に申請方法を教えていただき、そのことが都庁職員になるきっかけとなり、現在行っている地域活動を行う原点となりました。
【小金井市で二人の子育てを経験】
妻も職を持っていたことから早くから育メンデビュー(という言葉が無い時代から)を果たす。
保育園や学童保育を通しての育児の経験から、家族単位だけではない地域での子育ての重要性を実感。
まさに頼ることができるのは遠い親族よりも近くの知り合い。
【東北大震災を乗り越えて】
私は東北大震災が起きた2011年小金井第一小学校PTA会長として当時の副校長先生と共に国語教材を寄贈するために被災した宮城県気仙沼市の小学校へ向かいました。
その時見た被災地の光景が忘れられません。
お年寄りや障害を持った方々はどのように避難したのだろうか。
子どもは大丈夫だったんだろうか。
大きな津波にはひとひとりでは無力かもしれませんが、
みんなの力で何ができるかということを考えるようになりました。
このような経験からなにも「福祉」とは給付だけではない。
どんな立場のひとでも持ちつ持たれつの関係で皆が幸せを享受できる仕組みづくりが大切なことに気づきました。
高齢者も若者も障害者も性が不一致でも皆が一緒に楽しく暮らせる世の中にする!
優しさは何よりも強い。
私は「全ての市民への福祉向上を目指すために政治はある」ことを政治信条として活動し続けます。